僕は2022年8月に47歳でセミリタイアします。
なので、昨年度末、3月31日で施設長を降りました。
施設長でない僕の初めての休み、この土日で想った事を書きます。
関連記事 今日、施設長を降りて、やっと不条理から抜け出します!
目次
他人の為にが多い生涯を送って来ました
ちなみに「他人の為にが多い生涯を送って来ました」は、太宰治の人間失格の書き出し「恥の多い生涯を送って来ました」をモチーフにしています。
僕は福祉職員なので人の役に立ちたい気持ちの強いタイプだと思います。
もちろん給料をもらうので自分の為、お金の為でもありますが、利用者の為に仕事をしてきました。そしてどうせやるなら良い支援をしたいので努力や勉強もする人間です。
相談を受けたら基本、断りません。話は聞きます。聞いた結果、僕には手伝えない場合はありますが、お話は聞かせてもらいます。
なので支援力は高まり評価してもらえる様になり、講師などもさせてもらう様になりました。
そしてさらに評価されて施設長をやらせてもらう様になりました。
施設長は部下の為にも働くわけで、それが僕には無理でした
いち福祉職員、プレイヤーだと利用者の為に働いていたら良い(もちろんチームワークは大事にします)のですが、施設長になると施設全体、部下の為に働くことになります。
僕の施設は大きい施設ではないので、施設長でも利用者対応もします。プレイングマネージャーってやつになります。
僕は利用者対応がなくなるのは嫌なので、やり甲斐がなくなるので利用者対応はあった方が良いですが、部下の為にとうのがプラスされるので大変でした。僕には無理でしたね(笑)
なので施設長を降りる、そして退職・セミリタイアする事にした訳です。
僕の思う良い支援をこのチームで維持するのは無理だった
- 利用者の為に良い支援をしようと自分が努力していたら評価されてました。
- その結果、施設長をさせてもらう事になりました。
- 施設長になれば部下の為にも働くことになり、それを頑張ったが僕には無理でした。
改めてまとめると上記になります。どう頑張ってなぜ僕は無理だったかを書いていきます。
頑張った事と成果
数年間、下手したら終電で帰る事になったり、休日出勤は当たり前だったりする生活を送っていました。なぜそこまで頑張るのか?
僕が直接支援が好きな事もありますが。支援経験が少ない部下が多く、そのフォローをする為に、支援を部下より多くしていました。
その結果、うちの施設は全国で10位に入る評価をしてもらえました。
施設と僕は確実に実績をあげて評価もしてらえました。頑張った分、評価してもらえるのは恵まれていて感謝です。
でもずっとフォローはできないので、部下が早く成長する為に、学ぶべき支援技法や、それを実行する技術を身に着ける為の支援量も定めました。
僕が無理だったこと
このチームで僕が思う良い支援を維持していくのは無理でした。
偉そうになったら申し訳ないですが、僕が思う良い支援とは全国でトップクラスの支援になります。良い支援を目指し努力・勉強してきた結果、うちの施設は全国トップクラスの評価をもらえました。決してトップクラスを目指した結果ではなく、良い支援の後に、結果がついてきました。僕はこれがあるべき姿だと思っています。
でも良い支援、例えトップクラスの支援だったとしても、その方法論、身に着けるべき支援量を定めているので、それをこなしていけば良い支援はできる様になります。
でも定めた事を実行する人がほとんどいないチームでした。それを実行してもらう様にするのが施設長の役割なので僕の施設長の適性がなかった、力不足としかだった訳です。
でも口頭でも文書でも方法論などを伝え、ほぼ僕一人で全国トップクラスの実績を出して見本を見せてきました。なのに実行しないのは僕にはよく分かりません。
仕事だしやれば指示を守れば良いだけの話だし、国家資格を持っているのに支援を率先してしないなんて僕には全く理解できません。
そしては僕はコロナ過でうつにもなったので、特に注意もせず、直接支援からも離れました。それでも支援量は僕の方が多いという不思議な現象が起きました。
関連記事 初めて精神科受診しました
その結果、支援量に関しては全国平均の半分~3分2ぐらいまでさがりました。僕が定めている支援量をすればちょうど全国平均ぐらいになります。決して無理な支援量(業務量)ではありません。
愚痴っぽく長くなってすいません。要は、
- 口頭・文書で伝え、見本も見せるが、それを実行しない人達がいて
- それは決して無理難題ではなく全国平均をこなせばよいだけで
- それを実行できない人が大半の人と一緒に支援をするのが無理
な訳です。
そして僕からみたら素人みたいな支援をしているのを見るのが嫌、そんな人達の人材育成や責任を取るが嫌なので、施設長を降りる事にしました。
最 後 に
非常に愚痴っぽく長くなってしまってすいません。
むちゃくちゃ頑張ってきた分、愚痴がでると理解して、許してもらえると嬉しいです。
さてまとめると
- 福祉職員、施設長として「他人の為にが多い生涯を送って来ました」
- 施設長になってからは、利用者だけでなく、部下の為にもが加わり、僕には無理でした
- しかもその部下が指示を守らない、本人さんの為に働かない人達でした
なので僕は施設長を辞める事にしました。
辞めて大正解です。これからはよく分からない人達の為に働かなくて良いのです。
もう他人の為にが多い生涯を送らなくてよいのです。
ちょうど昨日、スタッフでコロナがでたという知らせが入ってきましたが、施設長でない僕はその対応をしなくて良いのです。今の施設長がそれをしてくれています。非常に有難いです。もちろん必要であればフォローをしますが、もう僕の仕事ではありません。とても楽です。ストレスが本当に減りました。
とても穏やかな休日です。
さらに8月には正職員もおります。とても、とても嬉しいです。今まで頑張ってきて良かったです。
関連記事 施設長を降りた次には退職・セミリタイアが待ってます(笑)
報われています。
ダウンシフトして本当に良かったです。
そしてこれからは他人の為ではなく、自分の為、自分の好きな人の為、自分を大切にしてくれる人の為に、自分の時間や、労力、お金を使っていきます。ミニマリズムです。
関連記事 ミニマリズムとの出会い さらにセミリタイアを目指す
私事の記事を最後まで読んでもらってありがとうございました。